2016.10.26 Wednesday
神様の差配…(「姉の通った病院」神戸新聞随想、10,19日夕刊掲載)
神戸新聞≪随想≫19日夕刊に掲載された私のエッセイ、神戸新聞を取られてない方にも読んでいただけたらと記します。
「人生の中で、時々、神様が差配されたのではと思う出来事が起こります。 先日、長年お世話になっているギャラリー島田の島田誠氏の講演を聴講に行った甲南大学で、そういうことがありました。 会場に1時間も早く着いてしまった私に、「今、向こうの棟でこんな展示をしてるので見て来られたら」と渡されたチラシの文字に「え!?」 「欠片の復元力〜三聖病院の余材から〜」。「築90年の木造建築物が一つ、姿を消しました。…残された欠片と向き合ってみましょう」という美術家・伊達伸明氏による展示でした。 その三聖病院とは、15歳から心を病んだ姉(17歳で自死)を、何とか藁にもすがる思いで親が一時通わせた、京都・東福寺境内にあった神経科病院。ついて行ったりした私には展示された看板や標識は遠い記憶に、でも鮮明に、残されていた物たちでした。 母・姉と共に大阪から行った中学生には場所は曖昧で忘れていたのに、京都芸大に入りデッサンで行った近くの東福寺で、その看板に思いがけず再会し、立ち尽くしました。 映画化もされた村上春樹さんの≪ノルウェイの森≫で、主人公の彼女が入った「療養所」が、私にはこの三聖病院とその後、姉が入院した九州の病院に重なって、とてもリアルに感じられたものでした。 展示を見て初めて知った厳しい戒律。姉にはかえってつらい場所であったのかもしれない。でも、そこから治って社会復帰した方々もいて、今となってはわからない遠い日のことに想いを馳せながら、「日々を駆け抜ける中で、今も毎日生きづらさと戦うたくさんの『私』がいることをあなたは忘れないで」と、姉に言われた気がした出来事でした。」 (次回の私の「随想」は、11月4日神戸新聞夕刊に掲載予定です。)
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