YOKO'S SCENE

画家・井上よう子のNEWS。
まるでタイムカプセル 2 …大学3年?4年?

この写真は恩師・三尾公三先生の京都文化芸術会館での大個展の時。
世界的に活躍する作家の作品を、毛布敷いた床にパネル並べ、裏から「本当に上に乗っていいんですか?」「いいから乗って、パネルどうしビスで繋いでいって」との先生の言葉にも冷汗かきながら…
いい経験させて頂いたと思います。

明日は朝早くから京都造形芸大で三尾先生の展覧会実行委員会、大詰め。
偲ぶ会のスライドショー用にこの写真も持って行きます。
5月25日から6月14日。
京都造形芸大ギャラリーオーブ。沢山の方々に見て頂きたい。

明後日は成安造形大学入学式に滋賀県・雄琴に。

土曜は朝からNHK4月スタート(継続の方々に加え新しい方2人加入予定)
そして午後は京都でI先生退官記念展と送別会へ。
その合間にギャラリー島田でスタートの元永紅子さんの展と、モーネンスコンビスでスタートの丹羽裕美子さんの展もできれば拝見したい。
来週は大手前大学授業開始前会議もありバタバタと…
今また大量の洗濯しながら、愛知県の寮に巣立ち今日から会社研修スタートの長女の色々メール(ややこしい)に対応しながら、連日早朝から終日のタイムスケジュールやりくりを考えています。
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まるで…タイムカプセル

5月25日から… もう2ヶ月切った…恩師・三尾公三先生の没後10年記念展、その実行委員会が木曜にある…その時に、三尾先生の懐かしいい写真があれば、(展覧会や偲ぶ会で見て貰う為に)持ち寄る事になっていて、学生時代のアルバムを、天袋の奥深くに段ボールに入れ封印していた物を実に多分20数年ぶりに引っ張り出してみました。
結婚するときに段ボールに詰め封印?し、その後何回かの引っ越しにも、そのまま押し入れ奥深くに…

なんだかまるでタイムカプセルを開けるかのような…

大学一年の、受験勉強から解放されのびのびややふっくらのYUKOやユキコと3人トリオの写真、
2年の三美祭が東京芸大であった時の写真、
旧芸大(京都東山七条)の制作室で作業着で絵の具だらけの写真や、三尾先生の作品展示を京都文化芸術会館で手伝った時の写真もありました。
思わずあの時代にタイムスリップしていました。

この数年来知り合った方に、あの時代の情報誌プレイガイドジャーナル編集部におられた方々があったり、友人として親しくさせて頂いてからすぐ近くのライブハウスで音楽活動されてた事がわかったり…

昨日は、その少し後の京都での美女写真集というものがあると見せて頂いたら、よく知る3つ上の学年の今をときめく日本画家R・Mさんや、3つ学年下(たぶん)の現代洋画家Y・Kさんが載っていてびっくり…
うまくはいえない…あの時代の京都の空気が溢れていました。

画像は、大学院時代、
不便な洛西に4年の時に大学移転して、原付バイクに乗り出したものの、時速30前幣紊妊好圈璽桧稟燭砲覆觚局佞では安全運転でもパトカーに止められた事に納得いかず、ならば堂々とバイクで走ってやると400ccまで乗れる中型免許を取りに行き、高速道路にも乗れる250CCバイク(オフロードタイプ)にまたがる私。
女性ドライバー3台連ねて、風を感じながらのツーリングは、今の作品に流れる風の原点に…
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星に願いを・・・・
今、日本がこんなに大変なことになるとは思いもせずに、、、

去年、デンマークから帰国した友人作家YUKO TAKADA KELLERと、モーネ工房・井上由季子と、私と、Y3メンバーで、今年の7月にモーネンスコンビスでのコラボレーション展について、話し合った時に、
モーネにとって特別な七夕の季節・・(由季子の誕生日・・)
七夕の笹飾りに、短冊に願いを書いてかけたら、その願いがかなう・・古くからの、でも子供のころから七夕にそうして願い事書いてきて、子供らにも短冊に願い事書いてみ、七夕の願いはきっとかなうから・・と、書かせて笹にぶら下げてやったりしてきた・・
そんなふうな・・・・
いろんな人、沢山の人に、想いを、願いを、持ち寄ってもらって、
「星に願いを・・」みたいな展覧会したいねと話して・・・

YUKOの北欧デンマークからの、美しい色や光、空気・・が空間にさざめく作品と、
私の絵から、願わくば優しい光と風が流れてくれて・・
そんな空間を、
来た人が寝ころんで見上げられる場所も作ったりして、由季子プロデュース・モーネに七夕の時期に作り出したいね・・と話していました。

YUKOの作品を天井から引っ張る糸につける重しの石たちを、もう先月から、願い事を書いて持ってきてくださいと、モーネンスコンビス(ギャラリー)で、広く告知してもらって、集め始めて・・・

そして、この震災が起こり、原発事故もあり、
デンマークからYUKOは帰国できるのか心配しつつも、
私は、今ほど、星に願いを・・という想いで、人が人を思う気持ち、祈り・・思ったことなかったように思ったりもするのです。

7月2日から18日、たくさんの人の願いや想いが集まった、展覧会ができたらと・・・
私にできることは、今までどおり、人の存在の切なさ・はかなさ・温かさをこめた絵を描き続けること。

今日は、仙台の親友宅にまた送った心配メールに、やっと水道が戻った、もう水送ってくれなくても大丈夫だからという返信・・・ああ・・まだまだ大変やろけど、よかった・・

被災者の方々へエールを送る音楽の特番で、大好きなユーミンはじめ沢山のミュージシャンが渾身のメッセージと歌、合間に番組に寄せられた、「結婚を約束した東北に住む彼がいまだ連絡とれず・・でもきっと生きてるって信じてる、ゆずのコンサートに一緒に行くのを楽しみにしていた彼・・」という彼女のコメントにまた涙・・


今日は、我が家は、先日芸大卒業した長女の、巣立ち・・引っ越しでした。
何とか就職できた会社の寮、愛知県へと。

昨日は、京都で京都芸大後輩でO大学で非常勤講師同志の有田さんの個展拝見し、いつも明るい彼女が5年前のJR脱線事故でお母様を失い、その夏に予定されてた結婚式ではお母様の席も作って、翌年子供誕生すると、余計に母のありがたみを思った話に、
私もちょうど長女がおなかにできた時に、母がもう余命3カ月の死の宣告うけ、「もっともっと色々してあげたかった・・」子供が産まれたら、「抱かせてあげたかった・・」「こんなに朝も昼もなく、私も世話してもらったんだろうな」と思ったこと思い出し、
ともに涙ぐんでしまいました。

その長女も、もうやっと自立(できるかな?)です。
天国のお母さん、見てますか?
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芸大の卒業式のスナップショット

一昨日の京都芸大卒業式記念撮影の1シーンです…が、
何かおかしなモノが…
頭がハサミ?
いや中に人のタワーも…
くまは写ってないかな…

こういう、クスッと笑える若者のアート…、
今はとにかく生活再建が大変な東北の方々が何とか普通の日常生活をできるようになってきた時、それからまだまだ長い道のりの心の復興の生活の中に、ちょっとホワンと穏やかな笑いで、役立ってくれるのではないかな…
ふっと思いました。

卒業式の祝辞での京都市長さんの、
「優秀の優は憂いににんべん・人が寄り添う優しいという字…」と話された時、ん?聞いたことあるこの言葉・・・・、教育長だったと言われたこの方は、あの尊敬する仲島正教先生の講演会聴かれたか、本読まれたのでは…と、 ちょっと思ったのでしたが、
今日、アトリエからの帰りに西宮北口で買い物してたらばったり…久しぶりにお会いしてびっくり。
そういえば仲島先生ご自宅が西宮北口だから会っても不思議はないのでした…が、昨日そんな事思って先生のお話思い出してたので不思議な感じでした。

いつblog拝見しても心が温かくなり(「仲島正教の優しい風…ちょっと書いてみました…」です)、今日も少しお会いし話しただけでなんか疲れてた心がちょっと元気を貰い感謝…
貴重な、生まれながらの教師(教え子だけでなくその親もいつも励ましてくださる)のような、不思議なパワーを持ってられる仲島先生なのでした。

小学6年で転校生として担任持って頂いた長女の卒業と就職・巣立ちの報告を今日は短い時間にしたのでしたが、思いがけず大学で先生の授業を受けられてまた受けたいと言ってる次女の話(この春休みも実習に行き、私保育士向いてないかも・・とぽろり・・)、思春期反抗期真っ盛り、4月から中3受験生となる息子の話、また時間が許せばお話したくなったことでした。
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芸大卒業式からチャリティーライブへ
昨日は、京都芸大卒業式。先日来、恩師の遺作展のために当時の写真など探すうち、自分たちの卒業式の写真もあって、30年前に思いを馳せていました。

前日から京都の井上本家(モーネ工房)に泊まり、美容院に着付けに7時に行ってた長女(ユキコサン・お義母サン、すみません、ありがとう)を、こちらも5時半起きで車で京都へ走り、(義母の目のさめるような紫の着物とレンタルの紺の袴で馬子にも衣装?の晴れ姿でした)ピックアップして芸大へ。
寒かったけど晴れてよかった…

芸大生らしくギョッとさせたりの衣装パフォーマンスも、あって、「やっぱ芸大って面白いナ」一緒に行った次女は面白がりどうし。
前学長が急に亡くなって、この1月から学長になられた建畠哲さん(国立国際美術館館長)の「今こそ芸術にできることを考えて…」「継続は力なり」
京都市長の、「元教育長出身どうし知っていた、仙台市市長に直接電話して、今京都市ができることをひとつひとつは小さな事ながらやって行っている」(前夜に仙台市のいっちゃんとのメールやり取りで、京都市からの給水車が来てくれた話し聞いた所)
「君達は優秀な学生。
優秀と言う言葉は、憂いによりそう人と書く優しいと言う字に秀でると書く。
つまり優しさに秀でた者。社会に巣立ってそれを忘れずに生かして行ってほしい」
どちらも心に響きました。
毎日芸術賞という大きな賞取られた先輩、陶芸の秋山教授にお会いしておめでとうを言ったり、同級生でやはり陶芸科準教授の重松あゆみちゃんと言葉交わしたり、長女の入学式では学長としてお話された潮江先生に井上サン!と声かけて頂いたり、美術研究課長になられてる油画の鶴田先生に「入学式来てたと思ったらもう卒業か、4年早いな」言われたり…
娘に写真撮ってと言われながら、知ってる先生たちとの対話にも忙しく…でした。
高速を急いで帰って夕方には三宮・チキンジョージの東北関東大震災救援チャリティーライブへ。
何とか参加できて、ほんの微力ながらお手伝いできてよかった・・(舞台のミュージシャンをスケッチしたものを、募金された方にプレゼント。「井上さんの絵が頂けると思わなかった」と喜んで頂いた言葉がうれしかった・・)
沢山の方々が来られ、沢山のミュージシャンが思い込め熱く歌い、祈り…

写真は、イラストレーターわっくんが、ライブベイントされた所。
その前後に、阪神大震災の時の神戸でのエピソードなど含め、じんと胸に迫るいいトークもされたのでした。
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人を思いやる想像力をいつも持っていたい…
昨日も、明日急遽開催の、このたびの東日本大震災支援のためのチャリティライブ
…神戸・三宮チキンジョージにて6時から11時、沢山のミュージシャンやアーティストが駆けつけられます。参加費2000円はすべて義援金に送られます…

に、協力出演されるミュージシャンの中村よおさんや、ライブペイントされるアーティストの西村房子さんの話しを聞きながら、自分も協力できる事はしたいと、お知らせできる所にメールしたりしたのでしたが、
今連日自分たちがなすべき事の話し合い会議を熱く重ねてられる島田さん(ギャラリー島田)が、それも大事なイベント、協力してあげて下さいと言って下さりながら、自分がなすべき事はもっと先にあると思っている、支援はずっと続けないと…
ずっと継続していける形でのもの作る事、そういう支援の体勢作りに取り組んでられるとの言葉にも深く共感でした。

今もちろん大変な大変な状況ですが、毎日熱く報道されてるのが段々と減ってくる、だいぶ先の日々に、本当に大変な被災者の苦しみもある事を思わないといけない…

人の状況を思いやれない、チェーンメールに近いメール沢山に腹立てたりしながら、でも自分も明け方送ったメールが、今の震災真っ只中でなくても普段通りに仕事ができない大変な状況の東京の先輩には、不適切だった気がして、あやまりメール。
温かい返信にこちらが元気貰って…

何やってんだ…と自分に腹立てていました。

いつも思ってる、人の立場を思いやる想像力の大切さ…
あらためて思います。
| - | 22:11 | comments(2) | - |
日々、自分のできること考えながら・・・沢山の人が祈ってる
あっという間に震災の日から1週間がたってしまいました。

私も今自分は何をすべきか考えながら模索の日々・・
でも、日常の仕事も家事も、容赦なく、降りかかる・・・それももちろん放ってはおけないこと。
友人が書いていたように、落ち込みかける日本経済のために、今のところ元気で支障なく日常送れる者は、いつも通り、いやいつも以上に働いてモノを買って、飲食もしっかりして、東京以北の仕事の滞る方々の分まで、経済活性化させることも大事なこと。

火曜は、ギャラリー島田のサロンで、無料予定だったコンサートを、急遽チャリティーコンサートにされて、それぞれにできる範囲での募金。
微力ながらお手伝いに駆けつけ、私自身、信頼できるところへ募金したいと思っていたし、助けられた想いで募金・・・・
来られた沢山の方が同じ想いで、募金されて・・・


阪神大震災のときもそうだった・・・

こういう、命の瀬戸際、生きるための水や食料、電気・ガス・水道などライフラインをとにかく切望する震災被災者たちの状況下、自分がやっている絵なんてものは、何の役に立てるのか・・とひどく落ち込んだ。

でも、そんな中、被災しながらも、店内ぐちゃぐちゃの中から、現ギャラリー島田社長島田さん(当時、元町海文堂書店&海文堂ギャラリー社長)が、チャリティー展をやります、参加いただけるなら作品提供してくださいの電話を下さって、ああ!自分の絵も役に立てるんだ!と・・もうこちらが救われる想いで、まだ電車も分断状態のところは、ひび割れた道をごろごろ引っ張りながら、作品を運びました。
持っていった作品たちを「心が癒される・・」と買って行かれた話は忘れられないこと・・
(その後、島田さんは[アートエイド神戸」の活動も立ちあげられて、市民の力で文化を救う、たしか市民メセナ大賞?受賞されて、東京で筑紫哲也さんらから表彰されたのです。)

もうすぐ4月5日夕方には、[今私たちが、文化で何ができるのか・・」という話し合いもギャラリー島田で企画されました。駆けつけたいと思います。

周りでも、何か今自分たちにできることはと考え・・、海外からも今日も日本経済のあまりの円急騰へ、G7為替協調介入・・などなどあたたかい人間同士の本質に触れる思いで救われています。
(一方で、役所を名乗って震災のための募金にと振り込め詐欺が出てきているニュースに憤り)
中学生の息子たちも、生徒会で企画して募金活動したいという声も上がってるし考えてるねんと・・
(ただ、募金先は色々ややこしいところもあるから、集まったものどこへ託すかなど相談しいやとアドバイスしつつ)

水曜には、夜中に、郵便局に勤める教え子が、思いがけず東北旅行中に巻き込まれた大変談に、無事で本当に良かった・・とじんときながら、仙台の友人に水やら食品送りたいけどゆうパックはまだ東北への便は受け付けてないよね・・。それに応え調べてくれて、時間かかるかもしれないし割高やけど、縦横高さの合計90センチ以内なら、定型外郵便として、受け付けてるし、送ってみはったら・・・
ありがとう!と、さっそくにコンパクトに詰めて(でも悲しいかな4キロ以内だから、水2Lペットボトルは1本ずつしか送れず、それと日持ちする軽い食材とで、何とか3パックを郵便局に運び・・・

今日はそれが届いたと・・
まだ寒い寒い中、何とか電気が通じたものの水道もガスもまだ。
近くのスーパーでの買い物も、ひとり10分の時間制限で・・モノも少なく・・そんな大変な中で何とか建物無事だった家の片づけ・復旧に追われる親友いっちゃんから、
「ひとつひとつのモノに想いがこもってるのが伝わって本当にうれしかった・・・
ありがとう!」
のメール。また泣きそうに・・

明日から少しは温かくなるとの予報や、原発の放射線量が少し下がって来てる情報、祈る想いで見つめています。

今日は、アトリエで、5月の京都市美術館「Ge展」に出すための大作の下地作りに格闘・・。
自分のできること、とにかく頑張るしかないと・・そして、寒いアトリエで汗だくになるほど重くて大きなパネル取り回しながら、そうすることで気持ちがしゃんとする自分・・
友人の素晴らしい仕事にも元気をもらいつつ・・・

明日は朝から、NHK文化センター神戸教室。
こんな時だからこそ、皆さんに楽しく絵を描いてもらいたい・・と思っています。
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涙にかすむメール…

昨日は、朝からNHK文化センター神戸教室。
地震で姪っ子の連絡とれない方は、「すみません落ち着かない…」
「いやどうぞ気遣いなく少しでも連絡入ったら携帯使って下さっていいですから」…
夜中2時半ごろににメール返信がやっとあった東京の友人、朝出る前に電話くれた先輩らの無事に、ちょっとほっとしながら出勤した私だったし、
そして何もできないたまらない時間、せめて絵を描く事で気持ち落ち着くなら…と、できるだけの絵のフォロー…
その後明石の父親宅へ、長女の用で走ったり、三宮へやはり娘の用で寄ったりして帰宅。
慌ただしく夕食準備しながらも、またTV画像に釘付け…私達はこんな温かい場所 で温かい食事できて…

仙台の友人は…
まだこれほどまでと思わずに地震発生直後に「大丈夫?!」とメールしてしまった…
携帯なんか吹っ飛んで、冷たい中に埋もれ、助けを求めてるのかも知れない…

ずっと祈りながらも、壊滅状態の仙台若林地区とかが映し出されるたびに、あぁだめかも知れないと…

私が神戸の小学校から父親の転勤で全く未知の滋賀県彦根の中学へ入った時に、出会ったいっちゃん。
いつも優しい笑顔で、自分の辛い事にはすごく我慢強くて、どんなに助けられたか知れない…
成績優秀で美人で、でもものすごく謙虚で…
すごく気があった…
私はバスケット部で、いっちゃんは卓球部で、親友同士体育館内隣で頑張っていた・・自転車二人乗りして中学横の彦根城お堀端を走ったりもしたっけ…
また父親の転勤(つまり私も転校…)を聞いた中2の初夏、翌朝、校門横の体育館脇で、いっちゃんを待って抱きついて泣いた…いっちゃんも泣いてくれた…

引っ越してから高校の終わりには、摂津に会いに来てくれて、亡き母親もいっちゃんを大好きだったし、
大学時代は、お互い忙しく会えないままだったけど手紙やり取りはしていて…(今みたいな携帯メールなかったし)、結婚式には呼ばれて行って、研究職の人柄良さそうなご主人にもお会いし…

4年前かな…ご主人の仕事で仙台に行き遠くなっていたけど、娘さんが神戸大学に入ったからと会いましょうと連絡くれて、地元西宮のウギの店で20年ぶり?に会ってランチしながら積もる話しをした…

神戸の個展には自分は行けないけど娘を行かせますと、いっちゃんに似た美人で優秀な娘さんが来てくれて…


そのいっちゃんから明け方携帯メールが来ました。

「すごく大変だったけど家族全員無事。家は酷い状況だから、車で寝ています。
近所の方々と頑張ります。ありがとう。」

メール見て、涙がとまりませんでした。

すごく大変な中からくれた短いメールに…こちらが救われていました…、

くれた事に感謝しつつ、これからがまた大変な彼女やたくさんの被災者の方々に、水や、食べ物や、電気や、温かい場所や…
一刻もはやく復旧し、
また余震や津波が起こりませんように…

神様、お願いします…
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ハレの日が…大変な日に……
成安造形大学の卒業式で、大津ブリンスホテルへ行っていました。

普段の姿とは全く違う華やかな衣装の学生もいれば、わざと普段の絵の具だらけのつなぎ姿に蝶ネクタイだけしての学生もいたり…それぞれに巣立ちのハレの日。

12時半からの式は2時半過ぎ無事終わり、各科に別れ、卒業証書を手渡しているときに、異変は起こりました。
また体調不良でこれはめまい?…と思いかけたら、「地震です!」
天井の大きな照明が落ちんばかりにゆれ…

でも何とかおさまったようでよかった…と、先生が順に送る言葉を言いかけたら、事務局の方が走ってきて「中断してすみません!東北で震度7とのこと。東京でも被害ありと。実家が東京から東北にかけての学生さんは、連絡とって下さい!」
緊張が走りました。

その後は、だんだんと情報が入ってくるたびに、大変な状況がわかってきて…

なんて酷い……
言葉を失い…

こんな時に連絡入れてもかえって迷惑と思いながら、彦根での中学時代の心優しい親友に、無事ですかと携帯でメール…もちろん返信はなく…
帰宅後に彼女の住む仙台の映像を目の当たりにして、胸が潰れる思い…

どうか無事でいてほしい…寒い中、温かい場所におれますように…

東京の友達も先輩たちも…
とにかくこれ以上、余震も津波も酷くならないで…

ただただ祈るばかり…

こうやっている事が、当たり前の日常が、いかにはかなく脆いものかと…
そして幸せなことか…と、心痛く思います。
| - | 01:18 | comments(2) | - |
海・・・そして、煙ったように咲くネムの花と、ガス灯の情景・・
今日は、父親が新しくかかることになった、明石医療センターへ行くため、早朝から出る息子を送り出してからとびだしました。

JR西宮まで約25分バスに乗って、駅から父に電話を入れて、快速電車で約1時間。
三宮や神戸駅を過ぎて、須磨あたりになると、車窓からすぐそばに、また我が家のベランダから見えるヨットハーバーの海とは違う、砂浜に続く海が見えて・・・大みそかに食材を運んだ時や、少し前に友人と垂水まで乗ったときとはまた違う海の色に、ずっと見とれていました。

垂水あたりでいったん見えなくなった海が、舞子・塩屋あたりで、明石海峡大橋とともに、すぐ横に。
ほんとにどうしてこんなに、海を眺めてたら落ち着くのかな・・と思います。

父と、一日仕事を覚悟で長い待ち時間をすごしながら、また色々と話もし、お互い持ってきた本も少し・・・そして帰りの電車内でも少しづつ・・読んでいました。

大好きな須賀敦子さんの文章。
全集はいつ読み終わるのか・・と先は長いけれど、今やっと2巻目の真ん中あたりへ・・「ヴェネツィアの宿」の‘旅の向こう’の章。
私は会ったことないけれど、父親は会ったこともある敦子さんの両親。その間の色々についても、娘の目から、母親をいたわりながら、かかれた文章は、とても私的なことですら、なんて詩的に・・どこか切なく・・つづられていて、胸を打つのです。

若き日に青島(チンタオ)で暮らしたことのあるお母様が、語った事から

「「私や妹にとっても(妹の良子さんには何回か私もお会いしています)、青島の話は、もっとも身近な「外国」についての消息で、日本語にはない「チンタオ」というふしぎな音とともに、私たちの世界を異国情緒で浸蝕したのだが、母にとっての「外国」は、まずなによりもロマンチックな場所なのだった。初夏の日、夕方になると、ぼうっとした桃色の花をひらくネムノキの並木道の話を、母はむかし見た絵をなぞるようにして、私たちに話してくれた。
「ネムノキの下を歩いていて風が吹くと、こまかい、羽毛みたいな葉が、さらさら揺れるのよ。その葉は、手でさわると、たちまちつぼんでしまうの。そして、日が暮れるころに、ピンクの花が、煙ったようにふわっと咲くのよ」
ネム、という暗示的なひびきが、夏の夕方や、煙ったみたいに咲くピンクの花のイメージに重なった。その花が咲く時間になると、葉陰の街灯に長い竿をもった点灯夫が、ガス灯を点けにやってきた。
[竿の先をするするとのばして、灯口につけると、ぼっと小さな音がしてガスの火がつくのよ」
母がそういうと、たよりないガスの炎と淡色に咲くネムの花が、私たちのあたまのなかで、ゆらゆらと揺れた。」


その情景が、霧にかすむような淡い情景が、まさに絵のように私の心にも浮かんでいました。

こういうふうに、
言葉で・・・、
まるで美しい絵のような情景を、読むものの頭の中に創造することができる
・・すごいなと思います。

そして、敦子さんの文章になってはいるんだろうけど、お母様のこういう語り伝えが、その元になっているのだなと・


今日も病院での長い待ち時間に、父親が語る、私のしらない時代の話・・
私の作品とはまた別次元ながら、そういう時代を生きた人の気概というか、実際の想いを、しっかり心に留めないと・・という想いで、聞いていました。
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今描いてる作品の中の…デンマーク風景からの小さな創造の世界

こちらは、今日も走ったアトリエで、制作進める作品7〜8点の中の小さな、でも結構気に入りながら描いている2点。
まだまだ変わります。

3年前のデンマークでの展覧会での、在デンマーク中に見た、今も印象に残っている、やはり光と影が懐かしい何かを感じさせる風景をイメージで構成しつつある作品です。

ちょっと元気出てきて、色々に企画頂いてる展覧会に向け、頑張るモードに。
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懐かしい絵…遥かな場所

昨日は朝からNHK文化センター神戸教室へ。
前回休みにしてしまった事詫びる私に、
「いやぁ先生いつも頑張り過ぎですわ、肺炎まで拗らせてたら命に関わるし…もっとゆっくりして下さい」言ってくれる年配の生徒さん…
ありがたいですね。
いつもは隔週土曜ですが、3月は前回休みにした分を振替て貰い3週連続に。
ちょうど、モデルさん描き終わり、風景や模写やらそれぞれに好きなテーマで3回で仕上げるカリキュラムにしてる時だったので、
「さあ3回で仕上げるよう頑張るぞ」
「あ〜難しい…。でもこの充実感が楽しくてたまらんのですわ」
「うーん…やっぱり先生にちょっと手を入れて貰うと違うなぁ!」
和気あいあい楽しくでも熱心に頑張る皆さんに、本当に元気貰う思いでした。

それから外せない京都でお世話になってる方々の美術館での今日までの展覧会と、こないだまで教え展覧会の相談も受けてた成安造形大学1年有志の初めてのグループ展行くため、京都へ走ったのですが…

実は朝一番に大事な友人が病院に…?のメールに、もうそちらへ走るべきではと酷く心配したのでしたが、とりあえず大丈夫との返信にホッとして京都へ向かうことに…

走る前に、神戸・ギャラリー島田に寄り、長く預けてた作品や、先日作品見たいとメール頂いて持って行ってお預けした作品の一部をまた持ち帰ったのですが…
この画像は、その作品の部分です。
すごく懐かしい風景。
親友ユキコの妹が結婚してダンナさんの仕事で住んだ、滋賀県・彦根の古い社宅、
そこを訪れた時に前にある草原のような公園にあった、古い子供ら向け遊具、ジャングルジムに、たくさんの子供たちが楽しく遊んだ時が刻まれたような、幸せだった自分の子供時代も思い出すような…

たくさんの懐かしい気配を感じて、帰ってから描いた作品(もちろんこんなにみんな白いものでもないし旗も立っていなかったし、上からの目線も、創造の世界・・) 遥かな風景………「遙かな場所」
| - | 22:22 | comments(0) | - |
雛祭りの光と陰

数日前に桃の花や菜の花の束は、買ってきて、ベランダの白いホウロウの花入れに水を入れてドーンと入れたまま…
ゆうべ、
「明日って雛祭りなんやね」ニュースキャスターの語りから次女が呟いて…はっとした。
娘ら小さな時はおばあちゃんも呼んだりして、雛ちらし寿司やハマグリの潮汁や、煮物や天麩羅も頑張って作ったりして毎年した雛祭り…
大きくなってからも、簡単にではあるけど、何日か前から雛飾りをして、ちらし寿司やちょっとご馳走作ってきてたのに…。

今年は長女は旅行中…
次女は大学から保育士免許の為の実習に神戸市西区の施設まで毎日出勤中で帰宅遅かったりだけど…帰宅した時おひなさま見たらちょっと気持ちホッコリするかな…と
私はまだ体調不良…だけど、今朝は熱もなかったから、とにかく色々考え過ぎないよう体を動かそうと、朝子供ら送り出してから、洗濯・掃除とアトリエへ運ぶ物纏めたりして、お花を花瓶に切って入れ、
お雛様用に桃と菜の花、
仏壇も綺麗にして桃の花、食卓にはローズ色のチューリップ、
母の遺影前には薄紫の小菊たち。

物入れから引っ張り出した小さな雛飾り。

次女の生まれた時にお祝いに貰った、一刀彫の人形と、亡き母が好きだった博多人形のまめ雛人形。

元々、悲しい逸話の多いお雛様たちだけど、
こんなに悲しげに見えたのは初めて…

冬に戻ったような空の下、アトリエへ走って制作…、中々進まない…今ちょっと小休止。

携帯についつい目をやる中毒症状に悲しくなる…。

置いてくる勇気も欲しい…けど、父親からの急な連絡あったらと思うとやっぱり手放せない。
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自分を嫌いになる日…また熱が出た…
自分が傷ついたと言って…人を傷つける…

言葉にしない方がいい…

言葉で言いようのない気持ちは、
どう言ってみても、ちょっと違う

そうじゃない…
自分の言いたい事はそうじゃない…

言えば言うほど、
そしてそれに言葉が返ってくればくるほど…

頭を抱えてしまう…

また熱が出て、
夕方、お医者さんへ行った日…
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晴れ・・のち・・雨・・・・
一昨日、
もう大丈夫と思って。。。
ああビールがこんなに美味しい・・・元気になった・・幸せ・・
と、思って飲んでいたら、
体が飲まれてしまった・・・

体は正直。
私に警告を発して、
(何を警告しているのか・・)

思い切り最悪の気分で布団に入り、
うとうととしてる間に
私は汽車に乗っていた。

白い雪原をゆっくり走り
車窓から見えるのは、
家も何もない
空と 灰色の海と 白い氷と雪 の世界

最果ての地のようなところでゆっくりと停車。

え・・・・?  私はどうすればいいの

わずかにともに乗っていた人は
この先に今日は泊まるのだと言う・・

私は帰らなきゃ・・
早くやらねばならないことがある・・
でもどうやったら帰れるのか・・途方にくれた・・

白い風景の中、寒さに不安にふるえながら・・

そこで、目が覚めた。



先日来、ベッドから出られずアトリエにも行けなかった時に、
ふと思いついて、枕元に、いつも持ち歩くブルーのメモ帳とペンを置いて、
苦しい咳で眠れない夜の合間にも心に浮かんだ言葉や、
薬でとろとろまどろんだあとに、夢に見た情景を言葉に書き留めてみたら、
普段は少ししたら、忙しい日常に紛れてきっと忘れてしまう情景が・・
断片が、残るんだと・・・
中学・高校時代・・・
揺れに揺れた心を、ノートに日々書き留めていた時代を、
思い出しました。

今日は、やっと懸案の確定申告も済ませ、久しぶりにアトリエにも行って制作。
絵筆を握っていると、不思議なほど心が落ち着きます。
(うまくいかないところはざわつくけれど・・)




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