YOKO'S SCENE

画家・井上よう子のNEWS。
毎日空と海を見つめて
先日は夜中に洗濯物干しながら、空と海を見つめ、寒さが厳しい分光が美しいと書きましたが、朝、明け行く海と空もこの季節は美しく変化するので、毎日見つめてしまいます。

朝、起きたら一番にリビングからベランダへの窓を開け、深呼吸。
そしてすぐに朝食用意、息子のお弁当がいる日はお弁当作りも、なのですが、その時の空と海の色がこの時期本当に美しい日があり、思わずカメラを慌てて撮りに走るもその色はまさに一瞬で変わっていき、中々あっと思った色は映せない。自分自身仕事への時間に追われているから、調理しながら窓の向こうに変化する色に心惹かれながらも手を止めるわけにも、じっと見入ってる暇もないのですが、その自然の色をなるだけ心にとどめて…毎日をスタートします。
もう少し日が長くなってくると6時ごろでもすっかり明るくなってしまってるから、まだ夜の名残りの群青色の空が、刻々と光を帯びて明るいブルーと、光のイエローとピンクにまじりあってくる空とそれを映す海の色の変化が、こうやって朝食準備の時に見られるのはこの寒い季節だけ。そしてそれが一瞬であるから愛おしく…昨夜もアトリエでキャンバスに何とかその色たちを表現できないかと…

ただ、今年の寒波は…一昨日から東京でも大雪、備えのない街中は大変。今日明日もケガや事故のないよう祈りながら、日本海側は延々と雪が降り続く予報。東北も。心配です。
そして草津白根山の3000年ぶりだという噴火。地下の変動に、また大きな地震が起こらないよう祈るばかり。

大学の今期締めくくりと新年度の準備、展覧会の準備、娘の事、息子の事、病院の父の事、亡くなった叔母の家の事、などなど、毎日色々に走り回りながら、自然の力の前には、なんてちっぽけな自分・・・
| - | 11:37 | comments(0) | - |
2018.1.17
3日前、冷え込みが厳しかった日、また病院から持ち帰った大量の洗濯物干しに真夜中ベランダに出て、心配な色々な事思いながら星を見つめていました。
寒さは厳しいけれど、星や夜の海の対岸の煌めきが美しく見えるのは凛と厳しいこの寒さがあってこそで…人生も同じだなと。

今日、1月17日は、昨夜から降り続く雨にけむる朝となり、23年経ったけれど忘れないで…の涙雨に思えました。
寒さは3日前よりはましでしたが、夕方まで降り続き、そんな中、震災追悼行事があちこちで行われ、地元西宮アミティーホールでは、「竹下景子 詩の朗読と音楽の夕べ〜1.17,3.11、そして4.14のために〜」
景子さんの朗読は心に沁み、神戸で、東北で、被災された方々の心の叫びが胸に響いて、気が付くと熱いものが頬を濡らしていました。
どんなに忙しい中でも、ずっとそういう事に寄り添う事を続けられる竹下景子さん、心から尊敬します。(3月10日には東北へかたりつぎにも行かれます)
今回も一瞬お会いでき、「よう子さん、今年は銀座で個展ね?、案内送ってね!」とエール頂いて、頑張らねばと。
9月の銀座の個展も、その前に7月の神戸の個展も、絵が少しでも色々な方の心に何か素敵な力を与えられるように…コツコツと想いを込めて毎日描く事、それが自分にできること。
渾身の作品たちを描き上げていくことが、私にとっての鎮魂の思いであり、今を生きる人たちへのエールでもあるのだからと。。。そしてそれが、私自身の生きる力の元にもなって…

心配な事が色々重なって、沈みがちだった心に元気を頂いて感謝…でした。
| - | 00:19 | comments(0) | - |
寒い日々が続きます。気を付けて…
昨日は新年最初の大学授業でした。
窓の外には時おり雪が舞う寒さ。でも、学生たちは一人を除いて元気な顔を見せてくれて、今月末の合評に向け、作品制作ラストスパート。指導にも熱が入りました。

今日は送る絵にフレームをあつらえに額縁屋さんに行ったり、役所や郵便局や病院やら走り回った後にアトリエへ。アトリエで年末から描きだしてる作品制作にかかったものの、暖房があまりきかないアトリエ、手足が冷え切って…でもその作品の原風景デンマークは、マイナス10~20度だったなと。
(そのあと父の病院へ,夕食介助は温かい病室で。)

9日の毎日新聞、≪がん患者の心に寄り添う≫という記事に目が留まり読んで、精神腫瘍医という言葉がある事を知りました。
がん患者やその家族の心のケアを専門に行う精神科医・心療内科医のことをいうらしい。
ノンフィクション作家・稲垣麻由美さん(著書に精神腫瘍医を描いた「人生でほんとうに大切なこと」(KADOKAWA)など。)の、「1年半近くの取材の中で、がん体験の苦しみを経て新たな人生の扉を開いた方々と出会った。こころの痛みに寄り添う医師たちがいることを伝えたい」という言葉が、心に響きました。
| - | 00:07 | comments(0) | - |
天国へ旅立ったKさんへ
 昨夜、お電話を頂いて、元旦の朝に、旅立たれたことを知りました。
 一昨年NHK講座を闘病の為に退かれたけれど、また戻ってきたいと思ってますのでと奥様から聞いてたし、いつでもKさんの席は開けて待ってますよと伝えていました。
 6日土曜に今年初めの講座で他の生徒さんら教えながら、また一度お便りしようと思ったところでのお電話は偶然とは思えず…でした。
昨夏の私の個展には奥様の介添えで坂道を上がって見に来て下さって、とても顔色も良く、きっとお元気になると思っていたのに…。

初めて教室に来られた時は、脳出血の後遺症が残ってるから鉛筆や筆がしっかり握れないし、言葉もはっきり言えない事もあると思いますが、どうぞよろしくお願いしますと、送り迎えの奥様から聞いたけれど、毎回とても楽しそうに、色鉛筆も絵筆も握って絵を描いてくれたKさん。こちらがびっくりするほど、とても細かい鉄橋や電車の線も描かれ(教室展にも素敵な作品出品)、意思疎通も全く問題なく、いつも笑顔で皆さんを逆に癒してくれる存在でした。

ご冥福をお祈りします・・・
そんな言葉だけでは言い尽くせないものがあります、よく頑張られましたね。。。。
天国でもにこにこと、絵を楽しんで描いてくださいね。
私も、絵の仲間たちも、あなたの事、ずっと忘れません。。。
| - | 13:03 | comments(0) | - |
2018年
やはり今年もぎりぎりになってのお節料理を作りながら2017から2018へ。
ベランダの向こう、海の向こう左寄りに、はるかに小さくユニバーサルスタジオの花火が上がるのが見えて、次女と明けましておめでとうを言い合い新年を迎えました。
ささやかに正月しつらえをして、息子と次女で(長女は結婚相手の実家のアメリカへ旅立って)屠蘇の杯でお祝いをし、お節と白みそのお雑煮(2日はお澄ましで)。
それからお節を少しずつ詰めて、父の病院へも持って行き大みそかに飾っておいた小さな正月飾りとでささやかに病室もお正月気分に。父も孫相手にほっこり笑顔でしばし話もでき、今年も何とか…良かった…。。

2日は明石へ、父の家と昨年8月亡くなった叔母の家、気になっていても日々忙しく過ぎてゆき、行っても片づけるほどの時間も取れないけれど、崩れたり何か異常はないかせめて点検だけでもと、何か力仕事いる事態もあるかと、息子と次女も一緒に行ける日を模索してこの日に…で走りました。

そんなこんなで年賀状は今頃まだ書いています。早々に下さった方々、まだ先になりますがごめんなさい。
今年も、こんなバタバタでスタートの私ですが、今年もどうぞよろしくお願いします。
病気や困難を抱える方々にも少しでも良い年に…社会も弱者に優しい方向へ…と祈りつつ
| - | 22:56 | comments(0) | - |
今年もあと2日となりました。。。
26日には、池田市石橋の画廊ぶらんしゅに、新作10号「The Way」を今年最期の搬入。それからこの3日間は、大学で新しく担当することになる授業の、指導計画書に追われ、今日やっと作り上げ、年明けにメール添付して大学へ提出するまでにもう少しブラッシュアップ…なんだかまだまだ仕事納めとはいかない私です。でも、信頼して頂いての担当だし有り難いこと。
年賀状にもまだ手付かずですが、来春結婚式の長女の相談メールにあれこれやり取りしたり、父の病院へ行って洗濯物引き取り、夕食介助しておやつの差し入れ。
早朝からバイトへ走る息子にお弁当を作って送り出し、京都で仕事納めして帰省した次女に、仕事しながら煮込んでいたポトフとステーキ焼いて心づくしの夕食。
歌のフレーズではないけれど、何でもない日常が(とても忙しくてもそれもまた)実はとても幸せな事。
そんな事思いながら、ばたばたと新しい年を迎えそうです。
このブログを見て下さってる皆さま、どうぞ良い年末年始をお過ごしください。
| - | 00:28 | comments(2) | - |
忘れない
今日はXmasイブ。
子供達が小さい頃は、こっそりプレゼント用意し隠しておいて、皆が寝静まってから(中々寝てくれずに困った)明け方そっと枕元に(左手で書いたサンタさんからのカードも添えて)置いた。
夕食には鶏の足を焼いてカナッペやらも作り、キャンドル灯したテーブルで、食後はケーキも用意。子供らの喜ぶ顔に大変さもなんのそのでした。
それは私が小さい頃からそういう事を母にしてもらってきた温かい思い出があるから、それを伝えていきたいと思ってでした。
クリスチャンではないけれど、幼稚園がキリスト教でXmasには生誕劇をしたり、小学校時代にも教会の日曜学校に通っていたという事もあり、クリスマスは特別な大切な日という感覚がありました。
娘ら巣立ち、何もしないXmasは初めてかも?
でも、先日名古屋に行って長女へ、今日は京都へ行って次女と次女がお世話になってるお店へのXmasプレゼント届け、息子には前もって…病院の父へも病院の医師・看護師さんたちにも細やかに…お世話になってるギャラリースタッフにも…サンタさんしています。

今日は、京都の老舗ギャラリー「アートスペース虹」が閉廊するクロージングパーティーとのことで、私の大学院時代にできてから30数年、数々の現代美術アーティストを輩出してきたギャラリーの最後にご挨拶したくて、行ってきました。ギャラリーには、内も外も、沢山のアーティストや美術関係者であふれかえり、降り出した涙雨もなんのその、別れを惜しんで…
大作家にも先輩や同級生や後輩や教え子や、色々な人にも会い、みんな、このギャラリーがここにあった事、そこから生まれた事、けして忘れない…沢山の熱く、切ない思いが渦巻いていました。

今日は、先日書いた「忘れないで 1」の絵を、朝からギャラリー島田に届けてから京都へ走ったのでしたが、昨年、神戸新聞「随想」で、17歳で逝った姉の事書いた中、聞こえた気がした以下の言葉を個展の時にはこの絵に添えていたのでした。

≪日々を駆け抜ける中で、今も毎日生きづらさと戦うたくさんの「私」がいることをあなたは忘れないで≫

絵の箱から出て来た紙に、またはっと胸を突かれた思いがし、そして京都でも、寂しくなるという思いとともに、けして忘れてはいけないことがあると、色々な想いが交錯したXmasイブでした。

| - | 00:32 | comments(0) | - |
「 忘れないで 1 」 が、 選ばれました

今年7月神戸の個展に出品した30号作品「忘れないで  1」

たつの市の日本丸天醤油(株)小中学校絵画寄贈プロジェクト(11年目最終)に、スウェーデンの画家中島由夫先生の作品と井上よう子のこの作品が選ばれ、買い上げられて寄贈されることになりました。
このプロジェクトでは、これまでも10年間で3度選んで頂きました。素晴らしい企業メセナ事業、育ちゆく子供達の記憶の片隅にずっと残る絵になれたら嬉しいです。
| - | 23:26 | comments(0) | - |
Xmas & はじめ 展
銀座のギャラりー枝香庵(銀座3−3−12銀座ビルディング7階8階TEL03-3567-8110)の「Xmas&はじめ展」
2017.12.23.~2018.1.19、(12.28~1.5と1.11,12は休廊)
に出品する新作小品2点、何とか仕上げて発送しました。
今年最後の出品の展覧会になります。
お近くへ行かれたらぜひご高覧ください。(80名の作家作品が並ぶそう)
私の出品作は、またブルーに塗れた
15僉45僂硫D杭酩福 崗のハーバーにて…光にむかう」
29.7×21.0F3号変形 「R氏の夢…遥か時空を超えて…」
沢山の中から探していただけたら幸いです。

関西では、恒例の「Ge新春展」池田市の老舗画廊ぶらんしゅ(阪急宝塚線石橋駅西口より3分)で1月5日~14日、26日に、今制作中の10号新作搬入します。年始はそれが最初の展覧会となります。

先週土曜は今年最後のNHK講座、色々体など心配な方も皆さんと笑顔で締めくくれて良かった…また新年も絵を楽しんで描きましょうねと。
それから神戸の画廊や大阪の画廊、友人の息子さんの障害を乗り越えての見事なクリスマスコンサート出演にも応援に駆けつけ、日曜も、神戸に大阪に走り回り、今週は、大学締めくくり授業の合間に愛知の娘の所へ(年末年始は旦那さんのご両親に会いに海外へ飛ぶらしいので)走り・・・で。
走り回るうちに年が明けてしまいそうな私です。

| - | 13:23 | comments(0) | - |
おんな城主 直虎 から伝わったもの
大河ドラマ最終回が終わりました。(NHKの在り方については色々思う所もありますが、それは別にして、このドラマには正直はまっていました。)
途中愛する者のために先立って死んでいった幼なじみ達に迎えられて、穏やかに旅立つ井伊直虎、その思いを継いでいく直政。いい終わり方でしたね。
脚本がよいのかもしれませんが、このブログでも以前書いた、竜宮小僧(人知れず人のためになる事をする)になりたいといった直虎の生き方には、歴史上有名な女性ではないのに、とても惹かれるものがありました。
ドラマの舞台は浜松だったようですが、この後井伊家は彦根へと。
私が神戸の小学校を卒業後、父の転勤で彦根の中学校へ、そしてそのグランドからは見上げればすぐそこに彦根城がありました。
たしか当時の市長も井伊家の末裔・井伊さんで、埋もれ木の舎など井伊家ゆかりの名所も近くにあり、また1年半後に転校するまでの1年半、井伊家が身近にでした。(私にとっては日本史の桜田門外の変で知る井伊直弼の井伊家でしたが)
そんなこともあり、見始めた今年の大河ドラマ、生き方について、最終回でも、「あいにく子供は持ちませんでしたが、おかげですべての子供を大切に守りたく思う」というふうな、とても考えさせられることが多かった気がします。
民が幸せでなければ…や、いくさも闘わずして収める事を目指した直虎の生き方、人知れず人のためになる生き方、深く共感しながら、今の政治家の方々にも見習ってもらいたい殿様であったと・・・
| - | 22:50 | comments(0) | - |
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